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Mar01

福島・双葉高の卒業式に行ってきました

 早朝、郡山経由で、福島県田村市の文化センターへ。ここで福島第1原発から3キロのところにある県立双葉高の卒業式が催されるのを取材するためだ。
CAWXWS2S.jpg 福島は4度目。双葉町に関する取材は、住民の多くが避難生活を送る埼玉県加須市などでもしてきたが、今日の卒業式には、原発事故後、4つの学校に分散して高校生活を送ることを余儀なくされた3年生94人が顔をそろえるというので、彼(彼女)らの思い、保護者や学校関係者が何を語るのか聞きたいと思ったのだ。
CAIY2C9M.jpg 雪と濃霧の中、郡山駅から文化センターへ。井戸川町長をはじめ保護者にマイクを向け、式典の様子を取材。
 異口同音に「子どもたちは強くなった」との声が聞かれ、卒業生たちからも「他市(他県)の大学に進学するが必ず双葉町に帰りたい」という声が相次いだのは、取材者の私から見れば救いで、何より、保護者や双葉町にとっては再起への何よりの"希望"ではないだろうか、と感じた。
CAYHP171.jpg 今回の取材にはもう1つのテーマが。過去、夏の甲子園に3度出場経験がある古豪、双葉高野球部を取材し特番にするためだ。
 女子マネジャーは、去年、3・13に避難命令が出たあと、「絶対、県大会で勝ち甲子園へ」の思いのもと、千羽鶴を織り始めたという。主力選手の1人は医学関係に進み、この先、放射性物質の後遺症で苦しむ人を救いたいという。
 そんな部員たちが、昨夏の県大会から今日までどう現実と向き合い、乗り越えてきたのかを、私が所属する部署ではずっと追いかけている。
 式典については今日、私が会場から中継レポしたが、特番に関しては、たぶん春先にオンエアすることになると思うので聴いていただけたらありがたい。
 新入生が13人しかいない現状を思うと、伝統ある野球部はおろか、双葉高自体の存続が危ぶまれるが、「ふたこう(=双葉高の愛称)だけは守り抜く」といった関係者の声、そして「ふたこうを誇りに生きていく」と語ってくれた卒業生の言葉に、ふるさとや母校を思う絆の強さを見た思いがした。

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